「宇宙戦艦ヤマト」著作者裁判の和解

最終更新日: 2006/07/18

「ヤマト」著作者の立場を巡って西崎義展・松本零士の両氏が争っていましたが、2003年7月に裁判外の和解が成立しました。 また、このときに両氏間で作られた“和解書”が、一年後の2004年7月にエナジオのWebサイトで公開されました。

この和解の内容やそれをとりまく状況には少しわかりにくところもあるため、このページでまとめてみました。

第一審判決リンク集もあわせて参照してください。

注意:新作タイトルの表記について

このページでは、松本氏側の新作である「大銀河シリーズ 大ヤマト編」(未発表)にたびたび言及し、その公式Webサイト(http://www.daiginga.com/)にもリンクを貼ってます。 しかし、現時点(2004年8月)ではこのURLを訪れると「大ヤマト零号」(DVDリリース済み)の公式Webサイト(http://www.daiyamato-zerogo.com/)に転送されます。 この二つの作品は、両者の製作担当であるベンチャーソフトによると別モノということになってはいるけれど、設定にもプロットにも共通点が見られることから考えて、恐らくは前者に違う題名をつけて後者としたものでしょう。

一方、西崎氏側の新作である「宇宙戦艦ヤマト・復活篇」(未発表)も改題されて「新・宇宙戦艦ヤマト・復活篇」となりました。 こちらの公式Webサイト(http://www.enagio.com/)は、サイト内でのページ配置は変更があったものの、サイト自体の移動はありません。

このページでは、あえて作品名もリンクもなるだけ和解成立時点に準じるようにしてます。 間違ってこうなってるわけではありませんのでご留意ください。

■ 和解の概要 ■

和解条件を記した“和解書”の全文はエナジオのニュースリリースにあります。 ここでは要約のみ示します。

和解・合意の参加者
甲:西崎氏
乙:松本氏
丙:ベンチャーソフト

【1項】

  • 「宇宙戦艦ヤマト・復活篇」「大銀河シリーズ 大ヤマト編」それぞれの製作・公開が前提。

【2項】

  • 両氏間の訴訟の全部を取り下げる。

【3項】

  • 「宇宙戦艦ヤマト・復活篇」「大銀河シリーズ 大ヤマト編」について著作者人格権で争いごとをしない。

【4項】

  • 「宇宙戦艦ヤマト」シリーズは両氏の共同著作物。
  • 著作者人格権は西崎氏が代表して専ら行使できる。
  • 絵画の著作権は松本氏が持つ。
  • 「宇宙戦艦ヤマト・復活篇」設定・デザインとして松本氏の名前を入れる。

【5項】

  • 「大銀河シリーズ 大ヤマト編」には「宇宙戦艦ヤマト」シリーズの設定やデザインは含めない。
  • ただし、松本氏特有の表現やデザインについては除外。

【6項】

  • 足りない約束事はあとで決めましょう。

和解そのものについて

この和解はどのような効力を持つのでしょうか? これは民事訴訟法の手続きによらず取り交わされた和解なので、“裁判外の和解”ということになります。 もしこれが“裁判上の和解”であれば、“和解調書”が作られて、それが確定判決並みの効力を持つ(民訴267)けれど、この“和解書”はそうではありません。 もちろん、両者間の約束事としてはあとに残ることになるでしょう。

ちょっと意外にも思えたのは、もともと訴訟の当事者ではなかったはずのベンチャーソフト「大銀河」の製作担当)が和解に参加していることです。 これは、この“和解書”が1項で宣言している通り「大銀河」にかかわる約束事を含んでいるためにそうなったのでしょう。 もちろん、それがいけないわけではありません、、、“裁判外の和解”ですから。 ただ、それならエナジオ(「復活篇」の製作担当)も参加して良さそうなものだけれど。 また、「ヤマト」の新作にかかわる約束事であれば、現在の著作権者である東北新社が参加しないところで結ぶのもおかしいですね。

後で説明する通り、東北新社はこの和解に対して物言いを入れました。

1項について

  • 「宇宙戦艦ヤマト・復活篇」「大銀河シリーズ 大ヤマト編」それぞれの製作・公開が前提。

この和解がこれら二つの新作を明示的に踏まえたものであったのか、報道でははっきりしませんでしたが、この“和解書”が公開されたおかげで明らかになりました。 つまり、後になって両氏とも「そんな作品のことは聞いてない」とは互いにいえないわけです。

2項について

  • 両氏間の訴訟の全部を取り下げる。

両者が互いに起こした訴えの「全部を取り下げる」というのが重要なところです。 これによって訴訟自体がチャラになったことになるからです。

まず、第一審判決の確定は、松本氏が控訴した時点で遮断されます(民訴116)。 もし松本氏が控訴を取り下げただけだと、その控訴だけがリセットされて、第一審判決は確定します。 ところが、両者が訴えを取り下げた場合、確定が遮断されていた第一審までがリセットされる(民訴261,262)というわけです。

ただし、一度は判決が出ているため、あとでまた同じ訴えを起こすことはできません(民訴262)。

4項について

この項は他の項よりも記述が長いため、ここでは4つの小項目に分けて書きました。 内容的にも訴訟の結末という意味で非常に重要です。

  • 「宇宙戦艦ヤマト」シリーズは両氏の共同著作物。

最初の小項目では、訴訟のもとになった「どちらが『ヤマト』の原作者・著作者か」という問題に対して「両氏ともが著作者である」という答えを与えてます。 これによって両氏は、もはや互いに相手から異論をさしはさまれる心配をすることなく、世間に向けて「自分が『ヤマト』の著作者だ」と説明ができるようになったわけです。

なお、この“和解書”の中では“原作”や“原作者”には一切触れられておらず、両氏が確認した互いの立場はあくまで“著作者”です。 恐らく、原作(原著作物)の存在は考えない、「ヤマト」に原作はないものとする、ということで決着したのでしょう。 もっとも、「ヤマト」一作めの“著作者”は、続編においては自動的に“原作者”ということになるけれど。

  • 著作者人格権は西崎氏が代表して専ら行使できる。

著作者は単一人物であるとは限らず、複数の共同でもありえます(著作2(1)12)。 この場合は著作者人格権を共有するのが基本ですが、著作者人格権を行使する代表者を選ぶこともできます(著作64)。 この代表者を西崎氏と定めたのが2番めの小項目、ということでしょう。

  • 絵画の著作権は松本氏が持つ。

3番めの小項目だけは奇妙なことに「著作権」という言葉を使ってます。 これは普通は著作者人格権ではなく著作(財産)権を指して使われる言葉です。 しかし、著作権譲渡契約によって、「対象作品に対する著作権および対象作品の全部又は一部のあらゆる利用を可能にする一切の権利」はすでに東北新社のものです。 「絵画の著作権」は当然ながら「対象作品の一部のあらゆる利用を可能にする権利」であり、自動的に東北新社のものであるはずですね。 したがって、この3番めの小項目を字義通りに解釈すると、西崎氏は著作権を東北新社と松本氏に二重売りしたことになってしまいます。

それを気にせずにこの条件だけを見れば、“全体の代表は西崎氏、絵画の部分だけ松本氏”という痛み分けに見えないこともありません。 もっとも、この後に出てくる5項を見ると「痛み分け」とはいえないような。。。

  • 「宇宙戦艦ヤマト・復活篇」設定・デザインとして松本氏の名前を入れる。

4番めの小項目は、後に説明するように報道で松本氏が“名誉”を強調していた所以の一つであるように思います。

5項について

  • 「大銀河シリーズ 大ヤマト編」には「宇宙戦艦ヤマト」シリーズの設定やデザインは含めない。
  • ただし、松本氏特有の表現やデザインについては除外。

松本氏側の「大銀河」がかつての「ヤマト」の続編であってはならないことを確認してます。 ところが、西崎氏側の「復活篇」については何もいってません。 つまり、「大銀河」に一方的に縛りを入れているわけです。 これは3項とあわせると“西崎氏有利”という印象を与える条件です。 なぜなら、3項によると松本氏は「絵画の著作権」を持つはずなのに、5項によるとその権利を行使するチャンスがないわけで、実質的には著作権を持たないのと同じだからです。 それとも「大銀河」以外の新作ではヤマトキャラを使ってもいいんでしょうか? 明示的には禁じられてないところを見ると、いいのかも知れませんね。

↑訂正
エナジオが掲載した確認書には次のように書かれています。結構重要なんで2項目まるごと引用します。甲=西崎氏、乙=松本氏です。

  1. 同和解書1項で甲が新著作物ならびに別紙作品目録記載の各映画の著作物を利用したそのほかの映画の著作物を製作することについて、乙は絵画の著作物の著作権者として甲および甲が許諾したものに対しては一切の権利行使をしない。
  2. 乙は別件映画に関する絵画の著作物の著作権者として、その絵画についてこうの承諾を得ることなく商品化をしない。但し乙が甲とともに既に契約したものや、当該絵画を平面著作物として複製し、自己の作品としてそれを展示・出版することはこの限りではない。

というわけで、西崎氏は「ヤマト」新作を作るにあたって松本氏からいちいち承諾をとる必要がないことが明記されてます。それに対して松本氏は西崎氏からいちいち承諾をとる必要があります。松本氏の自由度は西崎氏のそれより明らかに低いです。(2005/10/16)

といって、西崎氏には松本氏よりも自由があるかというと、これもよくわかりません。 「復活篇」制作については、著作権者である東北新社からの物言いがついているからです。

ところで、個人的にはあの大ヤマトのデザインを見て「ヤマト」を連想しないのは困難を極めるんだけど、両氏間ではあれはセーフという認識なんでしょうか。。。 それとも、大ヤマトのデザインとかつてのヤマトのそれに共通する特徴はもともと松本氏固有のものである、てことになってるのかな?

訴訟の決着として

こうして両氏間の争いとしては一応の決着を見たわけですが、疑問も残ります。

ある著作物の著作者であるということ、そしてそれに由来する著作者人格権は、その著作物が生まれた時点から誰かに属しているものです。 誰に属しているのかを裁判を通じて確認することはできても、事後の約束で決めることはできません。 一方、この和解は“裁判外の和解”であるため、確定判決ほどの法的な拘束力を持たない、いわば両氏間の私的な約束事に過ぎません。 つまり、司法によって確認されたことは何もないわけです。

さて、この約束にかかわりを持たない第三者が、もし仮に「ヤマト」の著作者人格権侵害に相当する行為を働いたとして、それを西崎氏が訴えた場合、司法はどういう判断をするでしょうか? たぶんこれは誰にもわからないでしょう。 やってみなければわからないと思います。 そういう意味では「著作者が誰であるかはまだ確認されてない」と考えざるを得ないと思います。

なお、この訴訟ではすでにいったん判決が出て、それをチャラにして和解したわけですから、両氏はもう同じ訴訟を起こすことはできません。 これが意味することは、この問題について再び司法の判断を仰ぐことは以前よりも難しくなった、ということです。

■ 和解報道の概要 ■

和解成立前後の報道について、最大公約数的なポイントをまとめました。

  • 2002年3月25日に第一審判決(東京地裁)では西崎氏が勝訴。松本氏が控訴していた。
  • 2003年7月29日に裁判外で和解成立。相互に訴えを取り下げた。
  • 両氏とも新作企画のためにトラブルを避けたいのが和解の動機。
  • ストーリーなど作品全体は2人の共同著作とする。
  • キャラなどの絵画面は松本氏のものとする。
  • それぞれが「ヤマト」名の新作品を制作、発表する予定。

「著作権」と書いてる記事が多いけど、著作者人格権との区別がイマイチついてないようです。

なお、ここで挙げたポイントだけを見ると、なんだか松本氏がかなり有利な感じです。 でも実はそうではなく、松本氏の権利にはかなりの制約があることは、“和解書”にある通りです。 どうやら、松本氏自身がコメントの中で“名誉”を強調しているのは、そのことの裏返しのようです。

■ 両氏のコメント ■

各新聞報道の中から西崎・松本両氏のコメントを拾い出しました。

【西崎氏】

  • 「松本氏と争っていることはヤマトファンを悲しませることになると考えた」(朝日)
  • 「このまま裁判で争ってもファンを悲しませる。話し合いで解決すべきと考えた」(日経)
  • 「松本氏とは一緒に仕事をしてきた戦友のような仲で、争うことは本意ではなかった。今後も良い作品を残していきたい」(読売)

西崎氏のコメントでは「これ以上争うことは良くない結果を生む」ということが強調されてます。 「ファン」という言葉には“新作を楽しみにしているはずのファン”という意味が込められているのかも。

【松本氏】

  • 「漫画家としての名誉が守られる和解内容で、諸問題解決への道を開くものだと信じて軟着陸させた」(朝日)
  • 「将来、お互いが問題なく新しい『ヤマト』を発表できるようにした」「自分が描いた絵を『他人のもの』とされるのが許せず、名誉のために裁判を続けたが、軟着陸させた」(産経)
  • 「漫画家として『この絵はおれが描いた』という一点だけは譲るわけにはいかず長年争ってきたが、これで白紙に戻せた」(日経)
  • 「作家としての名誉とプライドが守られた」(毎日)
  • 「漫画家に対する著作権が、アニメ制作現場で正しく理解される一歩になるだろう」(読売)
  • 「作家としての名誉とプライドが証明されれば十分だ」(ZAKZAK)

松本氏のコメントでは「最低限譲れないところは確保した」ということが強調されています。 そのウラには「それ以外は妥協した」というニュアンスが滲み出ているようです。

そう考えると、西崎氏のコメントにはむしろ余裕のようなものも感じます。 第一審の判決で西崎氏が勝訴したことによって、ある程度までは和解は西崎氏に有利に進められたのかも。

両氏のコメントに共通しているのは新作「ヤマト」への意欲です。 両氏とも新作製作のために紛争を一日も早く解決したいという思惑は一致しており、その意味ではウィン・ウィン交渉だったといえるでしょう。

■ 両陣営のニュースリリース ■

西崎氏から「復活篇」製作を委託されているエナジオと、松本氏が所属する日本漫画家協会から、それぞれ和解にかんしてニュースリリースがありました。

【エナジオのニュースリリースから】

エナジオの公式Webサイトは、和解報道とほぼ同時にその存在が明らかになりました。 そのニュースリリースから、和解条件を次に引用します。 特に、著作者としての西崎氏の権利が確保されたことが強調されています。

1.西崎義展が「宇宙戦艦ヤマト」の過去のシリーズ作品の著作者であり、代表者として製作および監督をしたことが認められた。
2.松本零士氏は過去の作品について、共同の著作者であると認められたが、西崎義展が著作者人格権を行使できることが確認された。
3.西崎義展は、「宇宙戦艦ヤマト」の続編および、過去の作品を利用したその他のアニメ・映画作品を製作できることが確認された。
4.松本零士氏は、新らたに作成するアニメ・映画作品に過去の作品(宇宙戦艦ヤマトの過去のシリーズ作品)のキャラクター・ストーリー・設定・デザインを使用する事はできない。

【日本漫画家協会からのお知らせから】

日本漫画家協会の第97回理事会(2003年7月30日)で、松本氏が和解の件を報告したそうです。 その報告内容和解内容の概要とともに、8月16日づけで同協会のお知らせに掲載されました。 その中から、和解条件を次に引用します。
# なお、松本氏は同協会の常務理事・著作権部長

1 「宇宙戦艦ヤマト」(下記作品目録1ないし8参照)は、松本零士、西崎義展の共同で著作されたことを確認する。
2 松本零士が、「宇宙戦艦ヤマト」の総設定、デザイン、美術を担当し、これに関する絵画の著作物の著作権者であることを確認する。
3 東京高等裁判所において係属中の訴訟について、松本零士、西崎義展は、それぞれ全ての訴えを取り下げて、訴訟を終結させる。

文中の「作品目録1ないし8」というのは、もちろん「宇宙戦艦ヤマト」TVシリーズから「完結編」までのことです。

内容的にはどちらも“和解書”で確認された事柄を反映したものです。 それぞれがどこを強調しているかを見比べながら読むと面白いと思います。

■ 和解への反応 ■

【東北新社のプレスリリースから】

和解が報道された約一週間後の2003年8月6日、この時点で「ヤマト」の著作権者である東北新社から、和解への見解発表がありました。

この内容を端的にいえば、こういうことです:

  • 今回の和解は訴訟当事者間の約束事に過ぎないから、当事者以外(東北新社など)には関係がない。
  • 著作権者である東北新社に断りなく、著作権にかかわる事柄をも和解条件に含めるのはおかしい。

つまり、西崎・松本両氏の和解は法的な根拠にはならず、東北新社の持つ「ヤマト」著作権に優越するものではないということが強調されています。

具体的には、「松本氏側・西崎氏側からそれぞれ個別に発表された和解内容には、当社が保有している著作権等に関係する事項も含まれており、当社としてはたいへん驚き、困惑しております」と前置きして、次のように書いてます。

(1)当社は、「宇宙戦艦ヤマト」の著作権ならびにこれらの全部又は一部のあらゆる利用を可能にする一切の権利(商品化権を含みます)を、1996年12月20日に西崎氏本人(氏の関連会社も連帯)から譲渡を受け、文化庁著作権登録を得ております。
(2)著作物の著作者がだれであるかは、制作当時の状況と契約内容により決定するものです。また、当該当事者のみで事後に変更したとしても、当事者以外に対して影響を与えるものではありません。
(3)「宇宙戦艦ヤマト」は、著作権法上定義される「映画の著作物」であり、作品に登場するキャラクター、フィギュア、絵画等は、作品の制作と同時に制作されたものである以上「映画の著作物」の一部であり、「宇宙戦艦ヤマト」の著作権者である当社に帰属します。
(4)当社は「宇宙戦艦ヤマト」の新作を製作する権利も保有しております。 今回の発表によれば、松本・西崎両氏がそれぞれ新作を製作するとのことですが、当社は両氏だけでなくいずれの新作に対しても何ら許諾を与えておりません。もし、これらの作品が当社の権利を侵害するものである場合には何らかの法的対応をとることになります。
(5)今回松本氏と西崎氏が和解したとのことですが、お互いが訴訟および反訴を取り下げたというものであり、執行力のある裁判上の和解に高められたものではありません。

(1)の著作権譲渡契約については、全文は公開されていないようですが、各判決文の中で触れられているため、部分的にはその契約内容は知られています。

(2)と(5)とは合わせて、今回の和解には訴訟当事者間の約束事という以上の拘束力はないということを主張しているのでしょう。

“著作者が誰か”というのは事後に相談して決めることではなく、制作前の契約や制作活動そのものによって決まることです。 あいまいであった場合には裁判で確認することはできるでしょうが、今回の和解はその判決を放り出してしまい、和解も裁判外でやってしまったわけですから。。。

(3)では一般的な書き方がされていますが、これはおそらくケースバイケースで、一般論として必ずこうだということはいえないのではないかと思います。 「超時空要塞マクロス」関連の二つの判決によると、作品の著作権とキャラデザの著作権はそれぞれ別の会社に属することになっています。

もっとも、「ヤマト」の場合には、そういうふうに著作権を分けるような契約があったという話は聞いたことがありませんね。 逆に、著作権譲渡契約では「対象作品に対する著作権および対象作品の全部又は一部のあらゆる利用を可能にする一切の権利」を東北新社が得たことになってます。 ですから(3)にはそう書けばいいはずです。 譲渡契約に(3)が言及してないのは、ちょっとだけ不自然に感じます。

(4)の主張と、著作権譲渡契約10条によって西崎氏には「ヤマト」の新作を作る権利が留保されてることとの関係はどうなっているのでしょうね? もし(4)の主張が、西崎氏側の新作「復活篇」の違法性を指摘するものだとするなら、考えられる可能性としては、 (a) 西崎氏に留保されている新作製作の権利は「YAMATO 2520」に限定されたもので「復活篇」は対象として含まない、 (b) この新作製作の権利を持っていたのはWCCという法人であって西崎氏個人ではない、 のどちらかというところではないかと推測します。 第三の可能性として“東北新社のハッタリ”というものを論じることもできるけど、さすがにそれはないのでは。。。

もう一つ気になるのは、この(4)のような主張をしたタイミングです。 いずれの新作にも許諾を与えていないといいながら、過去に松本氏側の作品として「新宇宙戦艦ヤマト」「大銀河」が発表されたときには東北新社はこのような発表はしなかったはずです。 このタイミングでこういうプレスリリースを出すのは、和解成立と同時に西崎氏側から発表された「復活篇」を狙い撃ちしたもののようにも思えますね。

ちなみに、松本氏側の「大銀河」についてのベンチャーソフトのプレスリリースには、「松本零士氏は、株式会社東北新社から新作製作についての全面的な協力合意を得ております」という一文があります。 この協力合意とは、ベンチャーソフトの主張通り「大銀河」を過去の「ヤマト」とは全く無関係なものと見なすというのが前提なのでしょうか? そう見なせば説明がつくことがいくつかあるようです。

東北新社はもともと松本氏寄りの様子を示してきました。 この訴訟より前には、東北新社はバンダイとともに松本氏を「ヤマト」の“原作者”として確認していたという経緯も伝えられてます。 また、第一審判決の頃まではマルCに松本氏の名前を併記していました。 東北新社がすんなり松本氏の「絵画の著作権」を認めるとは思えないものの、実害がない限りはあえて法的な白黒はつけないままで、松本氏と協調的な関係を続けることを選ぶのではないかと思います。

一方、東北新社と西崎氏との間には別の訴訟もあったりして、傍目にも両者の関係は良好であるとはいえません。 これが西崎氏側の新作にどのような影響を及ぼすかは、今後の調整次第だと思います。

戻る










ここから下の部分は、“和解書”の全文が公開されるよりも前に書いたものです。 公開された今となってはなくてもいいようなもの、、、 といってもせっかく長いのを書いたから (^^; 消さずにここに置いておきます。

■ 和解の条件 ■

和解条件の全文は公開されてません。 しかし部分的には、日経の記事、西崎氏側であるエナジオ社のプレスリリース、日本漫画家協会からのお知らせに掲載された松本氏の報告からうかがい知ることができます。 これらを順に見ていきましょう。

【日経の記事から】

日経2003年7月29日16時頃の記事では、“「ヤマト」を両氏の共同著作とする”という以外の和解条件を、次のように挙げてます。

(1) 一審が「松本氏が関与した」と認定した一部キャラクターについて西崎元プロデューサーが「松本氏がデザインした」と認める
(2) 松本氏側が次作を制作する際は「ヤマト」を連想させるデザインなどは使用しない
(3) 松本氏が契約している会社が所有する「新ヤマト」の商標を西崎元プロデューサー側に譲渡する
(4) 松本氏が次作に「ヤマト」の名称を使用した映画を制作することを西崎元プロデューサーが認める
――などで、最終調整を進めている。

(2)と(4)とは一見すると矛盾する条件のように思えます。 松本氏側で「ヤマト」という名称を使うのは構わない、でも「ヤマト」を連想させるデザインを使ってはいけない、、、というのは、確かに可能ではあるけれど、あまり現実的ではないのではないでしょうか。 とにかく、松本氏側で準備を進めている新作「大銀河シリーズ 大ヤマト編」がこれらの条件を満たしていないことには、松本氏側にとっては和解の意味がないはずです。 個人的にはあの大ヤマトのデザインを見て「ヤマト」を連想しないのは困難を極めるんだけど、両氏間ではあれはセーフという認識なのかもしれませんねえ。。。

(3)は商標権についてのもののようです。 これは本来は著作者人格権とは別の話のはずです。 おそらく、互いの新作の内容についてどこまでセーフとするかを確認する中で、(2)や(4)とともに浮上した条件なのでしょう。 「宇宙戦艦ヤマト」の商標権は東北新社が保有しているはずなんだけど、この(3)から察するに、「新」がついただけの「新宇宙戦艦ヤマト」の商標権はベンチャーソフトのものだったんでしょうか?

最後の「最終調整を進めている」から考えて、この和解条件でそのまま決まったわけではないかもしれないということに注意しておく必要があると思います。 この記事では「和解が成立する見通しとなった」とも報じていたので、この時点ではまだ和解成立は確定ではなかったのでしょう。

【エナジオのプレスリリースから】

(略)

3.はおそらく、著作権譲渡契約10条の「ヤマト」の新作を作る権利が、あらためて確認されたということなのでしょう。

しかし、これは明らかに著作者人格権のみならず著作権にかかわることで、松本氏が単独で西崎氏に対して許諾するようなことではありません。 もし著作権者である東北新社がこの和解にかかわっていないのなら、ちょっと変だという気もします。 “松本氏は文句をいわないことを約束した”というだけだと考えれば、別に変でもないかな?

4.も著作権がかかわる内容だけど、「たとえ松本氏が著作権者から許諾を受けようとも」という一言を付け加えて読めば、変ではありません。 松本氏が西崎氏に対して個人的に「権利を行使しない」という誓いを立てるだけなら、そもそも松本氏にその権利があろうがなかろうが、全くの自由です。

4.についてもう一つ気になるのは、松本氏側の「大銀河シリーズ 大ヤマト編」はこの条件に抵触しないのか、ということです。 この文を読む限りでは、上に挙げた日経報道の和解条件(2)よりも条件がゆるくなっていて、過去の「ヤマト」そのものでなくてちょっと似てるぐらいなら構わない、よって「大銀河シリーズ 大ヤマト編」はセーフ、ということなのかもしれません。 ホントのところはわかりませんけどね。

【日本漫画家協会からのお知らせから】

(略)

内容的には報道からわかる概要を一歩も出ません。

気になるのは、2で「著作権者」という言葉を使っていることです。 おそらく“著作者人格権を持つ人”つまり著作者を指して使ってるのでしょう。 しかし、ふつう「著作権者」といえば“著作権(著作財産権)を持つ人”のことを指すわけですから、これは明らかに誤った表現です。

それとも、もしかすると本気で著作権を主張しているとか? もしそうだとして、著作権譲渡契約で「対象作品に対する著作権および対象作品の全部又は一部のあらゆる利用を可能にする一切の権利」を得たはずの東北新社が関知しないところでこの和解が成立したのなら、それもやはりおかしいということになります。 絵画の著作権は当然「対象作品の一部のあらゆる利用を可能にする権利」ですからね。

なお、報告のほうでは「大銀河シリーズ 大ヤマト編」を“制作中”としています。 つまり、この和解は基本的には同作品の制作を続行することを前提としていると考えてよいでしょう。

戻る